高校生時代に貧乏すぎて部室に落ちているTシャツを着ていた話

お金がないから部室に落ちているTシャツで部活していた!
高校生の頃。
お金がなかった。
高校生にもなるとオシャレにも気を使いたいなるお年頃。
しかし、お金なんかなかった。
全くなかった。
親からもらえるお金なんて当然ない。
友達と一緒にバイトすることにした。マクドナルドだ。
面談を申し込んだが、私だけ受かってしまった。
なんでそんなことするんだろうと思ったが受かった以上いくしかない。
いざ始めてみるととんでもない。
ひどくきつい業務内容。
働けど働けど上がらない時給。
ピーク時は発狂したくなるほど忙しい。
さらにはシフトは調整され、週2もしくは3しか入れなかった。
なので私は月に2万~3万しか稼ぐことができなかった。
学生はバイトしてなんぼではない。
勉強が本業、がそんなことわかっている。
しかし、周りの友達たちはもっと 楽に 効率よく、そして楽しそうにお金を稼いでる。
なんで自分ばっかりなんでこんなことになるんだそう思っていた。
しかし、別のバイトに変えてやるほどの勇気もなかった。
何も知らなかった。
仕事内容はいつも忙しかった。
そして友達と買い物に行くと自分はTシャツ等を買うのは精一杯。
季節のものは買えなかった。
その季節しか着れないものは買えないから。
そんなもの買ったらその季節しか着れないのに自分のレパートリーが全く増えない。
金がないからと親のカードを使って服を変えるやつがいた。
すごい怒りを覚えた。
なんでそんなことができるんだろうと思った。
ありえないと思った。
なんでそんな家庭があるんだと思った。
世の中は不平等だ。
こっちはヘロヘロになるまでバイトしてんのに、給料は携帯で持ってかれ、自分で使える額は月一万円あるかないか。
何でこんなに差が出るんだろう。
毎日の学校の帰りみんなでコンビニに寄った。
俺は何も買わなかった。
お金がないから何も買えない。
お腹空いていても買えない。
みんなカップラーメンを食べていた。
安い値段で、お腹がスープにより満たされるから。
それすらも買えない。
ちょっとサイゼリヤでも行こうと、サイゼリヤに行くことになった。
しかし自分はドリンクバーで精一杯。ドリンクバーの値段しか払えない。
いつもいつもいつもいつもガマン。
ミラノ風ドリアを頼む友達。
山盛りポテトを頼む友達。
ドンダケ金持ちなんだよと思っていた。
あまりにもお金がない自分。
うらやましいと思ったが一生懸命ガマンした。
目の前にあるおいしそうな食べ物を歯を食いしばってガマンした。
ただただ、ミジメだった。
ひもじかった。
なんでこんなに差があるんだろう。
彼女ができた。
でも、できたからといってお金が増えるワケではない。
彼女と遊びに行くのお金はあまり使えない。
情けなかった。
なるべく使わないようなデートしていた。
彼女とお金の価値観が一緒だったのでとても助かったが、みじめだった。
男らしくおごってあげたかった。不可能だった。
おしゃれな友達にと遊ぶときにすごいイヤだった。
前その友達と遊んだ時に着た服と同じ服を着るしかないから。
おしゃれなヤツはいちいち覚えている。
お金がないから買えない。
それ前も来てたよなって言われたときにものすごく悲しかった。
お金がなくて買えないんだよ。
とにかく悲しかった。
でもどうすることもできない。
自分にお金がないのだから。
新しいかっこいい服を買うお金なんて自分にはない。
携帯払っておしまいだ。
お金がなさすぎてなにもできなくて、人生の意義が全く意味がわからない。
学校で服装検査があった。
夏の間に髪を染め新学期には真っ黒にするそれは定番。
工業高校だったのでそういう検査はあからさまで、1回引っかかったやつはじっくり見るといういやらしい検査だった。
ある日、自分の番になった。今までの経験から、前日にばっちりにしておいた。
というのも、今まで床屋に行っていた私は変な頭と言われたのを機に美容室に行くようにしていた。
当然自分のお金で。
そのバイト代で切ってきた頭なのに、やり直しと言われた。
さすがに頭にきた。
簡単に髪を切ってこいなんて言うんじゃねえよ。
そのお金はどうするんだと!?
壁をぶん殴った。
頭にきすぎてその時は何も思わなかったは、小指の角が凹んでいる。それほど思いっきりぶん殴ってしまった。
そして、その後呼び出されて文句を言われた。
態度が悪いと。
人のお金の事情も分からずに簡単に髪を切ってこいと言えるその神経がわからなかった。
くたばってしまえとマジで思っていた。
バスケ部に入っていた。
お金がないので、バスケに使用するためのTシャツも買えなかった。
とにかくお金がなかったけど、汗かきなので替えが必要。
なので部室にいっぱい残っていた謎のTシャツ(誰が使ったかわからないい)Tシャツを自分の家に持ち帰り一所懸命洗いそれを自分のもののように着ていた。
そうでもしないとバスケはできないからだ。
情けない。みっともない。
ひらすらミジメだった。
練習中にネンザした。
しかし、病院には行けなかった。
どうせ、親は出してくれないから。
自腹なら行かない。
そして病院に行かなかった。
そのときネンザした左足は今でも雨の日などシクシクしている。
さらに固定も何もしなかったので筋が伸びきってしまいサポーターなしではバスケはできない足になってしまった。
サポーターなしでバスケをしようとすると怖くてできない。
お金があればちゃんと治っていて、サポーターなんかしなくても自由な動きができていたかもしれないのに。
今でもサポーターはめるたびに思う。
金さえあれば。
金さえれあれば解決することばかりだった。